「子ども目線」開眼の恩人、未那ちゃん

重心児ゆえに近くの幼稚園に入れなかったり、幾つもの肺炎で入退院を繰り返す日々が過ぎた5歳の時、南大阪療育圓(大阪総合発達療育センター)の計らいもあり念願の保育所に入ることができました。両親それぞれの職場にほど近い西保育所という京セラドーム側の施設でした。反応は薄いのに時折何かに興味を持ったのか急に動き出したりする未來を見ていた療育園の寺村先生から「未來は地域で育ててみたら?」とのアドバイスがあってのことです。実際、未來は人との関わり合いに目覚め出し、子どもの中で子どもは育つの驚きと実感が日に日に増していきました。

とにかく活発元気な保育所で、未來にも給食当番など役割がある嬉しい日常に、大阪でも地域が変わればずいぶん違うと感じました。様々な行事に参加する未來には、いつも戸塚未那ちゃんという女の子が寄り添ってくれたんです。ご家族も素敵で、障害なんて関係ないとばかりのお付き合いも始まり、ずいぶん救われた気がします。

未那ちゃんとの密度の濃い共生経験が未來の自己表出を格段にアップし、地域小学校の選択に決定的な影響を与えたといっても過言ではありません。彼女やご家族との交流は今でも続いています。写真は卒園式に渡したラブレター。

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